2時過ぎ…この時すでに陣痛は5分間隔。胎児の心拍を測る為に分娩監視装置をつける。
この時点で「前期破水」が認められる。子宮&胎児の状況を見る為に内診をしたことで完全に破水。
急激な痛みの波が襲ってくる。でも、まだ子宮口はたった2cmしか開いていないので分娩は当分先。
「一時的に胎児の心拍が下がった」という助産婦さんの話し声がする。
先生に電話で連絡をとっている様子。看護婦さん(助産婦さん)と女医さんが3〜4人かけつけてくる。
「赤ちゃんの心拍が下がっていますので、お母さんに酸素マスクをつけますね。」といきなり鼻に管を
入れられる。
何が起こってるの?赤ちゃんが危険なの?ものすごい不安になる。
「今、一番苦しい時だね。でも、もうちょっと頑張ってね。お腹の赤ちゃんにいっぱい酸素を送って
あげましょう!」
助産婦さんが分娩監視装置を指差し、「このグラフのここ、空白になっているでしょう。
これはお母さんが苦しくて息を止めちゃった為に、赤ちゃんにも酸素が来なくて苦しかったってこと
なのよ。だから、赤ちゃんの為にもお母さんが充分に呼吸をして頑張って!ママと赤ちゃんは一心同体。
これは共同作業なのよ。」
私が息を止めたために、赤ちゃん…「サン」は苦しくて息が出来なかったんだ!胸にズキッときた。
その後、何も考えずに、ただただ新しい酸素を出来るだけ多く、吸って、吐いて、サンに送り続ける
ことだけ無心に考えていた。
「もうこのままお産になると思いますので、お産着に着替えて下さい。」と指示される。
ダンナに連絡するヒマもない。母に連絡を頼み、とりあえず着替える。
陣痛の波が5分よりだいぶ短くなってきた気がする。
痛みもかなり強くなったが、まだ「いきみたい感じ」はない。
さっきまで付けていた「陣痛記録ノート」も、もう付け続ける余裕が全くなくなってきた。
あれからどのくらい経ったのだろう??
壁際の時計がカーテンに隠れて見えないが、1時間以上は経ったのだろうか。
助産婦さんが何度もカーテンの中に様子を見に来てくれた。
「赤ちゃん、すごく元気になったよ。ママが頑張ってるお陰ね。もう大丈夫よ。」
サンが元気になった!その言葉だけでほっとして、陣痛の痛みが吹っ飛んで満面の笑顔になった。
助産婦さんが「この痛みの中でそれだけの笑顔でいられるのはすごい!」と誉めて下さる。
「もう一度赤ちゃんの状態を見ましょうね」と女医さんが内診。
「子宮口6cm。赤ちゃんかなり下がっています。初産なのにすごいスピードでお産が進んでいますね。
これはもうじき産めるかもしれないですよ。」
「もう産める?こんなに早く??」本で読んでた「お産の進行:1期〜3期」という段取りが、
頭の中でぶっ飛んだ。
又も内診の刺激でお水の下りる感じがする。お水が下りると必ず陣痛の大波が押し寄せてくる。
「このままお産になる」ということで、まだ入院の手続きなど全くしてなかったので、
陣痛の合間をぬって問診。
「ご主人の年齢は?」「32っ!・・・いや3だっけ。」
「義理のご両親に特に既往歴は?」「・・・知りません!」そんなこと考えてる余裕は全くない。
1つ、2つの質問に答えると、すぐにまた痛みの大波がやってきて中断する。
すごい時間がかかってようやく問診票が完成した。
このあたりで陣痛の波が逃しきれなくなり、意志に反して下腹部にグッと力が入ってしまう。
これは完全にイキんでいる状態。
まだイキんではいけない時なのに、どうしても体が言うことを聞かない。
分娩監視装置のグラフについつい目がいってしまう。やはりサンは苦しがってるのか、私がイキむと
同時にグラフのラインが途切れる。
それを見ると辛くて涙が出てくる。「苦しいよねサン、ごめんねごめんね…。」何度もサンに謝る。
でも、次の波が来ると、やはり意志に反してまた下腹部に力が入る。
もうどうしていいのか分からず、たまりかねて助産婦さんをひとり捕まえる。
「赤ちゃんが苦しがるのが分かってるのに、どうしても下腹部に力が入ってしまうんです。
どうしてもイキミが逃せないんです。どうしたらいいですか?」
すると、助産婦さんはニッコリして「とにかくしっかり呼吸をすることです。吸うことよりも
吐くことを意識して。短く吸って、出来るだけ細く長く息を吐いて。それだけ繰り返して。」
と言われる。
助産婦さんのアドバイス通り、精一杯、イキミを逃す様に大きく深呼吸をする。
すると、監視装置の音がまた元気にピコピコ復活する。その音だけを頼りにとにかく頑張る。
助産婦さん「そう、上手に逃せてますよ。その調子。赤ちゃんはママの頑張りのお陰ですごい元気よ。」
その言葉が何より励みになって頑張れた。
痛みの大波が来て、呼吸でイキミを逃す度に、監視装置のグラフをチラチラ見てはサンの元気を確認
して安心する。それを繰り返す。
その様子を見てた女医さんに「ものすごい冷静だね。この器械は助産婦とか先生が注意するもの
なのに、自分でチェックしてるなんて世話無しでいいわ。」と笑われる。
いつもの主治医の先生が到着。
先生のお顔を見た途端、安心して思わず先生の後ろに後光が差して見えた気がした。
「さっき2:00頃入ってきたばかりだと思ったら、もう5時に生まれるんだって?慌てちゃったよ。
初産にしちゃあすごいスピードだなぁ。
先生グラフを見て「いい陣痛がきてるなぁ。」
助産婦さん、「じゃあ、この足台の上に足を置いて下さいね。」足を置くとベルトで固定される。
一瞬意味が分からず「これ、もう思いきりイキんでいいってことですか?」と聞く。
先生、助産婦さんともニッコリ。「思いっきりイキんでいいよ。」
そら来た!という感じで、陣痛の大波を待つ。すごい波が来た。
「来た〜!」とみんなに合図。
助産婦さん「じゃあ、1回目大きく吸って、吐いて、逃しましょう。
2回目も同じく吸ってー、吐いてー、 次、大きく吸ったらそこで息を止めて、下腹部に力を入れて
みましょう。」
これこれ!マタニティビクスで練習した「イキミ」と同じ場面だ。
嫌というほどイメトレしたからこれは自信がある。
グリップを握り、お尻をしっかり椅子につけて、自分のヘソ下を覗き込むように、ぐっとあごを引いて
満身の力を込める。
「すごい上手なイキミよ。」助産婦さんが誉めてくれる。
きっと誰にでもそう言ってくれるのだろうが、何だかそのひとことで自信が出てくる感じ。
また次の波が来た。また同じようにイキんでみる。さっきより実感が出てきて、力がうまく下腹部に
集中しているのが分かる。これがイキミというものだ!と、今までのイメトレを初めて体で実感した感じ。
助産婦さん「すごい上手ねー」と何度も誉めてくれる。「とても初産じゃないみたい」
先生にも「いや、ホントに上手だねー。これ母親学級で教えてもらっただけ?」と言われ、私は
「いいえ、週2回のマタニティビクスで何度も練習したんです。」というと、先生「そんなこと教えて
くれるんだー。いやぁ、本当に上手だね。見事だね。」
先生にそんなに誉めてもらって、何だかすごく嬉しくなって、思わず笑顔がほころんでしまう。
「しかもその笑顔!この状況の中、ずっと笑顔でいられる、という冷静さが尚すごい。
とても初産とは思えないほど落ち着いてるね。
普通はもっとパニックになったり、辛くて後ろ向きになってくるのに。
あなたのお産だから、もっといろんな劇的なエピソードを期待してたのに、こんな冷静なお産で
何だか期待外れだなぁ。」先生、それはない!
私「先生、私今まで何度も痛い治療を頑張ってきたのに、ご褒美なんて一度もなかったんですよ。
ここで頑張った後もらえるご褒美の大きさを思えば、嬉しくて、その気持ち以外にはありません!」
と笑顔で答える。
先生「その前向きさ!それがすべていいお産に繋がっているんだね。
産婦さんの全員があなたの様な前向きなお産だと非常にありがたいね。」
私思わず「それは今まで長いこと治療に頑張って来たからこそです。
こうして頑張れたのも、先生がずっと私を励まして下さったからです。
先生に診ていただけなかったら、私は今ここで笑顔で頑張ることは出来なかったです。
何もかも先生のお陰です!」と、分娩台の上で感謝の言葉の嵐。
先生は少し照れたように笑っていた。
「・・・で、ところで結局あなたは最終的に何の治療で妊娠したんだっけ?HITだっけ?」
・・・先生―!!私は結局体調を崩して、治療をほっぽりだした周期での自然妊娠だったんだ。実は。
先生、思い出したように「ああ、そうだ。自然に出来たんだったなー。やっぱりさすが元気な子だなー」
と、自分で妙なフォローをしているので思わずおかしくなった。
また陣痛の波が来た。うまく波に乗って大きくイキむ。
イキミ方はこれで間違っていないはず。でも何も変化はない。
また次の波を待ち大きくイキむがやっぱり変化はない。何度も何度もその繰り返し。
「どうして?こんなに頑張ってるのに出てくれないの?」思わず不安になって聞く。
助産婦さんと先生、「ちゃんと出てるよー。イキんでる時はもう、頭がこんなに見えてる。
髪の毛なんてもう出口から出てて引っ張れるくらいだよ。」と言われ、思わず「髪の毛?触りたい!」
と言ってみんな爆笑!
少し気を取り直して頑張ることにした。
分娩台での自分のお尻の位置をたて直し、足台の踏み込みと手のグリップの握りを再度確認して、
一番うまくイキめそうな体制を作り直す。
その姿を見て先生「そういうのも普通はこっちが指示するもんなんだけど、指示がなくても自分で
こうしてちゃんと体制を取り直すところなんか、いや〜実に客観的で冷静だ。
こんな冷静な初産婦さんは見たことがない。」と誉めちぎり。
私はまた更に気をよくして、鼻高々で次の痛みの波を待つ。
途中で看護婦さんが入ってきて「先生すいません。ご主人が、今の状況を知りたいとおっしゃって
るんですけど」
・・・何もこんな時に!今の状況ったって、さっきから何も変りないよー!と、ちょっとムカつく。
でも外には私の状況はまったく知らされてないらしい、と知る。
ダンナが持っているバッグにカメラが入っているのが気になっている。
本当だったらそれを受け取ってから分娩室に入る段取りになっていたのに、お産が早すぎて
間に合わなかったのだ。
私はそのことが悔しくて、陣痛の合間にブツブツ文句を言っていた。
すると、先生と助産婦さんが 「写真?カメラ渡してもらえれば撮ってあげるよ。」
本当?嬉しい!!遠慮している場合ではない。
「お願いします」と、恐れ多くもこんな偉い先生にお願いしてしまった。
その後何度も何度も痛みの大波が来て、その都度全力で頑張る。
でも、痛みはどんどん強くなるばかり。反対に、腰の力はどんどん消耗してきて、さっきまでの様に
思ったほど力が入らない。もどかしいのと苦しいので台の上のお尻がよじれる。
「お尻よじらないで!台の上にしっかりつけて足を踏ん張って。」
そう注意されて、思わずマタニティビクスの先生の言葉「分娩台に乗ったら絶対に台から腰を浮かせず
しっかりつけて足を踏ん張る!」という言葉とダブり、はっとして、またお尻の体制を整え、一番いい
ポジションに座り直す。
また何度も何度もイキむ。
何十回イキんだのだろう。でも全く頭が出てくる気配すらない。
一体、あと何度イキめば出てくるんだろう?この痛みがあと何時間続くの?
体力的にも限界が近づいてくるのを感じて少し弱気になった。
私がイキむ力がなくなったら、ずっとこのまま出てこないの?
それは困る。何とかこの一撃で出てくれ。
何度もそう思ってイキむ。
その様子をじっと見ていた先生がおもむろに近づいてきた。
「うーん、切らなくてもいけるかなーと思ってったんだけど、やっぱりちょっとだけメスで
補助させてくれる?」
「会陰切開」やっぱりそうなるか。赤ちゃんが大きめなので覚悟はしていた。
「ブチッ、ブチッ!」結構いさぎよく切る音がするが痛みは全く感じない。
さぁ!この後ヘタにイキんだら、きっとビリビリに裂けて大変なことになってしまう。うまくやらねば!
でも、そんなこと怖がっている場合でもなかった。
とにかく、大惨事にだけはならないよう、余計な力を極力抜いて、ビクスで習った通り、基本に忠実に
とにかく冷静にイキんだ。
「赤ちゃんの名前は決まってるの?」唐突に先生から聞かれた。
「隼祐です。」というと先生、「じゃあ“しゅんくん”って、みんなで呼んであげるね。」というので、
私は「先生、それじゃダメです。この子お腹にいる時は“サン”って呼ばれてたんです。」と言った。
「どうして“サン”なの?」と先生に聞かれた。
そこで私は、初めてこの子の心拍が見えた時に、先生から「赤ちゃん3mmだよ。」と言われ、その日
から「3mmちゃん」と呼び、それが「サン」になったことを話した。
「そっかー。僕がつけたのか。」先生何だかすごく嬉しそう。
「じゃあ、お腹の方で補助する助産婦さんが“サン”で、僕は下で受け止めるから「しゅん」って
呼んであげよう。」
みんなでこんなに応援してくれて感激!ものすごく力が沸いてきた。
また痛みの波が来てイキんだ。「よーし、すごくいいイキミになってきたよ。今のが一番よかった。
これで次は出てくるよ。はいっ、しっかり目を開けて!」
カッ!と目を見開いて先生を睨みつけた。
先生ニコッとして、「よーし、産む目になってきた。これが最後のイキミだよ。」
これが最後!本当にそのつもりになって、その時やってきたイキミの大波に乗って、全神経を一点に
集中させた。
足と腰に驚くような力が込められて、足台を「グーッ!」と押した。
「キューーッ!」とイキむ声が思わずもれた。
その瞬間、骨盤がメキメキと上下左右に木っ端微塵に飛び散る感じがした。
「はいっ、イキみやめて!」先生の声。…やめて?やめてってどういうことだろう?
「頭と肩が出たよ。」はぁ〜と気が抜ける。
そのとたん、母親学級で習った「短息呼吸」という4文字がポンと頭の中に浮かび、慌てて
「はっはっはっ…」と息を吐き続けた。
ずるずるっ!と生暖かい感じがした。先生がドロツとした大きなものを持っている。
赤ちゃんだ!これが私の赤ちゃん。サンだ!!息が止まりそうな気持ちになった。
でも、テレビで見るように泣かない。まだ泣かない。
「泣いてよ〜!」思わず叫ぶ。まもなく「うげげっ、うげげっ」とカエルの様な泣き声がした。
(後で聞いたら、羊水を飲んでしまい、泣けなかったそう。)
無事な泣き声を聞いた時、私はこのお産の中で初めて泣いた。
「赤ちゃん泣いた〜!泣いてるよ〜!」と、私もサンと一緒に号泣した。
ヘソの緒を切る前に、先生が約束通り写真を撮ってくれた。
「先生すいません、こんな忙しい時に…。」私もこんな状態なのに、妙に先生に恐縮してしまった。
赤ちゃんがお腹に乗せられた。赤ちゃん、こんなに暖かいものだったとは!!
息が止まりそうなほど感激した。
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